令5 3学期終業式より(R6/3/19)「過去の輪島市交流と来年度の国際交流」

令和5年度が終わろうとしています。みなさんの令和5年度は充実していたでしょうか。それとも不完全燃焼だったでしょうか。3月1日の卒業式で、私は3年生に対して次のようなことを言いました。「現状に満足や絶望すること無く、常に人生の道の途中だという認識の中で、しっかり前を向いて進んでいってほしい。」同じ言葉を今、1・2年生のみなさんに贈ります。4月からの新学年に向けて、しっかり前を向いて前進して下さい。

さて、これを見て下さい。これは式典や表彰で使われる賞状盆です。この賞状盆は黒く塗られていますが、どのような方法で塗られていると思いますか。これは能登半島の輪島市の伝統工芸である輪島塗りでできており、1995年、平成7年に輪島市から本校に感謝の意を込めて寄贈されたものです。今、輪島市がある能登半島は大変なことになっており、以前みなさんにもメールとHPでお知らせしましたが、本校同窓会の11回生の方々が中心となって、1月22日(月)に4トントラックで支援物資を輪島市に届けました(リンク:本校同窓会が能登半島輪島地域へ物資等を支援しました)。その様子は、中日新聞やケーブルテレビ「キャッチ」でも報道されました。また、みなさんには、募金の協力をしていただきました。ご協力ありがとうございました。本校と輪島市との交流は40年以上の歴史がありますが、その歴史は同窓会HPの中にある「わじま・あんじょう友の会」(リンク:わじま・あんじょう友の会トップページ | 愛知県立安城東高等学校同窓会 碧海野会「達」 (anjo-higashi.org))

で紹介していますので、まだ読んでいない人はぜひ読んで下さい。そして近い将来輪島市が復興して、みなさんが経済支援の観光などで訪れることがありましたら、輪島市の千枚田という所にある道の駅ポケットパークに立ち寄ってみて下さい。そこには安城東高校の名前が刻まれた記念碑が建っています。

さて、3月6日から10日のシンガポール研修に行った国際理解コースのみなさん、研修はいかがでしたか。7月から9月の訪豪団、訪日団の時もそうでしたが、国際交流は実際に経験してみると、それまでの自分の視野の狭さと世界の広さ、日本の国の長所短所がよくわかります。そこで、来年度以降の本校の国際交流についてお話ししたいと思います。

まず、今までの歴史からですが、訪豪団は1980年(昭和55年)以来の歴史があり、1983年(昭和58年)からコロナ禍の前までは、毎年実施されていました。訪日団は1987年(昭和62年)から始まり、こちらは2年に1回、隔年で本校に来校してくれていました。シンガポール研修は、国際理解コースが平成30年に設立された時に、そのコースの2年生生徒を対象に、毎年実施する予定で始まりました。しかしコロナ禍によって国際交流活動は、3年間現地に行くことができなくなりました。今年度久しぶりにそれぞれが復活しましたが、3つの国際交流活動を回していくシステムに無理が生じてきており、もう少し合理的にバランスよくした方がよいといった検討がなされました。

そこで来年度からの国際交流を少し変更することにしました。まず、訪豪団と訪日団は姉妹校と話し合った結果、これから2年に1回ずつ交互に隔年で訪問することにしました。令和6年度は安城東高校がオーストラリアへ行く訪豪団の年となり、その後令和8、10、12年というように隔年で実施します。逆に訪日団は今まで通り隔年で、令和7、9、10年となります。訪豪団に行く人数、つまり定員は、今まで1回あたり生徒定員10人だったのを、15人に増やします。参加者の対象は在籍している全ての生徒で、審査と選抜があるのは今まで通りです。

そしてシンガポール研修ですが、こちらも2年に1回実施とし、訪豪団の次の年、訪日団の年、令和7、9、10年に行くこととします。参加者の対象は、国際理解コース1年生と2年生希望者全員に加えて、普通コースの希望者定員10人を募集することとします。国際理解コースの1・2年生の生徒は希望すれば誰でも行くことができるのは今までと同じですが、普通コースは定員オーバーの場合、訪豪団と同じ様に審査と選抜があります。

以上のように変わりますので、興味がある人は、よく考えて応募して下さい。この後、ユネスコ国際教育部の高村先生から来年度の訪豪団の説明がありますので、よく聞いて下さい。また、訪豪団やシンガポール研修だけでなく、訪日団で姉妹校の生徒のホームステイを受け入れることも大事な国際交流ですので、現1年生が3年生になった時には、ぜひ家族と話し合って、ホストファミリーとして、積極的な参加をお願いします。