令5 2学期終業式より(R5/12/22)「総合的な探究の時間[GLS]について」

気が付けば令和5年も残りわずかとなりました。3年生のみなさんはもう共通テストまであと少しですね。残り20日間でもやれることはまだまだあります。私も入試直前に勉強した内容が、見事に出題された経験があります。体調をしっかり管理した上で、進路が決定するまで諦めずに粘って下さい。3年生のみなさんには改めて、1月の共通テスト前日の直前指導の時に、受験では何が起きるかわからないという私の体験談をお話しするつもりです。

1・2年生のみなさんは、今、本校でグローカルスタディーズ或いはGLSと呼んでいる、総合的な探究の時間の発表の準備を進めていることでしょう。これは今後みなさんが社会に出た時に必要となる能力を育成する科目ですので、しっかり考えて取り組んで下さい。また、3年生のみなさんも、今は受験勉強に集中状態ですが、大学に入れば勉強内容が次第に探究型となっていきますので、そこでしっかり取り組んで下さい。ちなみに探究学習に取り組むことで、他教科の学習にも非常に良い影響があることが分かってきており、探究学習に積極的な生徒ほど、他教科の平均正答率が高かったという調査結果もあります。

総合的な探究の時間は、昨年から全国的に始まったもので、その前身である総合的な学習の時間と合わせても、始まってまだ20年ちょっとしか経っていない新しい科目です。ではなぜ今、総合的な探究の時間が学校の教育課程で必要なのでしょうか。それは今後みなさんが社会に出た時に直面する、答のない問題や課題に対応するためです。答がないから、情報を収集分析して、他者と相談して、自分で考察判断して、よりベターだと思われる選択決定をして、行動に移す。特に今後の社会においては、昔とは比較にならない程、その対応能力の必要性が叫ばれています。

もっとも、答のない問題や課題に対応する能力の必要性は、昔から社会に出れば当たり前のことでした。私も学生時代に「君たちが社会に出れば自分で判断して自分なりの答を探さないといけないんだぞ。」と聞かされ続けていました。私は教員になる前に一般企業で8年間勤めていましたが、大学を出て営業の仕事に就いた時、最初に直面した問題は、どうやったらノルマの営業成績を上げて売り上げを伸ばすかでした。先輩に教えてもらったり、いろいろ自分で試してみたり、ハウツーものの本を読んだり、大丈夫と思ってやってみたら逆に失敗したりと、これをやれば必ず成功するというものがなく、試行錯誤の連続でした。結局自分なりに見つけた答は、顧客が必要としていること、困っていることなどに気付く「情報収集分析能力」と、顧客と人間関係を作ったり根拠を提示して説得したりする「コミュニケーション能力」の二つの重要性でした。実はこれ、みなさんが今先生方から教えもらっている探究学習で必要なものと同じですよね。

その後私は、営業企画部販売促進係という企画の仕事に移ったのですが、ここでも必要な能力の基本は同じでした。マーケティング、市場調査という、つまり何が売れそうなのかという情報を収集して分析する能力がより一層必要となり、自分が考えた企画を通すための説明、根拠、説得力、つまりコミュニケーション能力も重要でした。でも営業の仕事も企画の仕事も、自分で工夫して探究しながら、「無」から「有」を生み出す作業は、当然苦しいことも多かったけど、楽しかったですね。これをやれば必ず成功するという正解がなかっただけに、苦労した後にうまくいった時は本当に嬉しかったですね。

そして今、私は教員となっていますが、教員の仕事で必要な能力も、顧客が生徒に変わっただけで、根本は同じだと思っています。ただし、現代社会は価値観が多様化し、高齢化社会となり、景気が伸び悩み、年功序列や終身雇用制が崩れ、変動、不確実、複雑、曖昧な社会となり、1万年前の農業革命、18世紀末の産業革命に匹敵する情報革命・AI革命が起きている時代です。その意味でよりいっそうの臨機応変さと細やかで高度な対応が必要となっています。我々から見ると本当に大変な時代だと感じますが、答えのない問題に対して求められている能力の根っこの部分は同じだと思うし、みなさんは生まれた時からコンピュータ、ネット、スマホなど情報に溢れた環境で育っているので、慣れれば大丈夫だと思います。逆に探究のプロセスを楽しんでみて下さい。一生懸命やればきっと面白くなるはずです。別に大人をうならせるような素晴らしいものでなくてもいいんです。一つだけアドバイスすると、なぜそのように考えたのかという根拠をしっかり説明することがポイントです。これは3年生が国公立大2次試験などで受ける小論文も同じことが言えます。

それでは1年生は2月8日の山形東高校とのGLS発表会、2年生は1月29日の長崎猶興館高校とのGLS発表会を楽しみにしています。また、3年生の1月13・14日の共通テストの結果も期待しています。頑張って下さい。応援しています。

 

 

【補足】~終業式式辞の言外から~

総合的な探究の時間について、文部科学省のHPには以下のように書いてあります。「総合的な探究の時間は、変化の激しい社会に対応して、探究的な見方・考え方を働かせ、横断的・総合的な学習を行うことを通して、よりよく課題を解決し、自己の生き方を考えていくための資質・能力を育成することを目標にしていることから、これからの時代においてますます重要な役割を果たすものである。」この文面の中でポイントは2つあります。一つ目は変化の激しい社会に対応するということ、二つ目は探究的によりよく課題を解決するということです。この課題には絶対的な答がないというのが特徴です。

探究学習の考え方自体は新しいものではなく、今から100年以上前にアメリカのデューイという哲学者が既に探究型の問題解決学習を唱えていました。とすると、現代において改めて探究学習が必要になった理由は、現代の学生の課題解決能力が低くなったのか、或いは先ほどの一つ目のポイントにあった「変化の激しい社会に対応するため」の方に要因があるのか、ということになります。 確かに、現代の子供たちは生まれた時からコンピュータ、ネット、スマホなど溢れすぎる情報量に埋もれているため、どうしても考え方が受動的になっているのかもしれません。しかし、それだけではなく、やはり社会的な変化の部分が大きいのでしょう。

昔は世の中の価値観が現代に比べて均一的であり、学生は詰め込み暗記型の勉強をひたすらやって、いい大学に入って、いい会社に入り、年功序列で出世して、働けば働くほど景気は右肩上がりで、定年まで終身雇用の時代でした。また出生率も高く、人口もどんどん増えていました。そのような時代では、問題解決能力は経験によって自然と身に付くものと考えられていたため、学校で教えるほど必要とされていなかった(或いは教えることが難しいとされていた)ものです。それよりも教えやすい知識の詰め込みの方が学校では重要視されていたのです。

それが今では社会が大きく変わり、それまでの価値観や考え方が通用しなくなっています。現代社会は、VUCAの時代と言われています。VUCAとは、Volatility(変動)、Uncertainty(不確実)、Complexity(複雑)、Ambiguity(曖昧)の頭文字をとったもので、現代社会が変化が激しく、予測不可能で困難な時代であるということを表す言葉です。こうした社会においては、これまで正解とされていたものが変わる可能性さえあります。そのような背景があるため、現代では改めて昔以上に、一人一人が答のない問いに対して自分なりに考えて判断し、選択決定を行うことが求められるようになってきたのです。