私のセンス・オブ・ワンダー

●卒業式が近づくと決まって思い出す歌がある。それは、荒井由美(ユーミン)の名曲「卒業写真」(1975)である。ユーミンが21歳の時に歌った曲である。1970年から1980年代にかけて青春時代を生きた人であれば、知らない人は少ないのではないか。かつて、県立豊田西高校で11年間担任をし、3年生を受け持った時に、卒業式後のH Rでこの曲を皆で歌ったことがあったことを思い出す。ユーミンは次のように語る。

悲しいことがあると開く皮の表紙
卒業写真のあの人はやさしい目をしてる
町でみかけたとき何も言えなかった
卒業写真の面影がそのままだったから 人ごみに流されて変わってゆく私を
あなたはときどき遠くでしかって 話しかけるようにゆれる柳の下を
通った道さえ今はもう電車から見るだけ あの頃の生き方をあなたは忘れないで
あなたは私の青春そのもの 人ごみに流されて変わってゆく私を
あなたはときどき遠くでしかって
あなたは私の青春そのもの

●この詩にある「あの人」と「あなた」、なぜそのように表現したのか?私にとって、40年間以上、答えを出せずに、もやもやしていた寿命の長い問いである。歌を聴くのと文字で書かれた詩を読むのとでは、大きな違いがある。歌を聴いていると、音符の流れで捉えるので、異性と解釈して終わってしまうのだが、詩を読むと、「あの人」と「あなた」は違うのかもしれないと思ってしまうのだ。歌いにくい言葉であるが、詩としては「あなた」と表現していれば、何も疑問に思わずにいただろう。

この問いにヒントを与えてくれた文章に出合った。それは、2023年3月1日付朝日新聞の天声人語である。

●天声人語は語る。「かつては憧れの異性のことだと思って聴いていた。でも、いまは、18歳の自分だと思う。変だろうか」「コロナ下での学園生活を悩んだ18歳の自分は消えない。」

なるほど、と思う。18歳の自分が、青春時代を過ぎた、今の私(ユーミン)、これからの私の振り返りポイントになっている、なっていくという解釈か。そこには、かけがえのない青春時代という特別の時代の心象が描かれているという理解である。この詩には2つの物語があるということになる。1つは、まさに卒業写真の「あの人」(憧れの人か?)、そしてもうひとつは、「あなた」=18歳の時の私自身の物語である。心象風景(情景)が人を育てるのである。ユーミンに是非尋ねてみたいと思う(もうすでにどこかで語ってるのかもしれない?)。

たとえそれが憧れの人であったとしても、憧れの人として認知しているのは他ならぬユーミンなのであるから、やはり、18歳の時の自分自身であると思う。

●私のセンス・オブ・ワンダー(クリック!)、物事を新鮮なまなざしで捉えさせてくれた瞬間である。もう一度、「卒業写真」(クリック!)を聴いて、明日、3月3日、私にとっても、最後の卒業式に臨もうと思う。

村瀬@学校長