<選択>することの科学(2021年9月1日発信)

●令和3年9月1日(水)、2学期始業式(式辞)では、「長い2学期」は「<選択>の2学期」(校内LIVE配信)であることを話しました。その内容の一部は、次の通りです。

この夏、私の心を捉えて離さない2つの言葉に触れることができました。1つは、オリンピック・パラリンピックの取材の中で放送されていた言葉です。「私には、最年少記録を塗り替えることができないが、最年長記録はいつでも更新できる」という言葉です。これは、「自転車 女子個人ロードタイムトライアル(C1-3)」で、50歳で金メダルを獲得し、日本のパラリンピック最高齢記録を更新した杉浦佳子 さんの言葉です。自分の未来を変えていくとても力強い言葉だと思いました。確かにその通りです。

そしてもう一つ、「選択」という言葉です。これが今日のテーマにしたい言葉です。

ところで、みなさんは動物園に行ったことがあると思います。私もこれまで、名古屋の東山動物園、神戸の王子動物園、北海道旭川の旭山動物園に複数回訪れたことがあります。みなさんは、こんなことを考えたことはありますか。「動物園と野生の動物ではどちらの寿命が短いのか?」という問いです。

今日は、実験的に3年8組の皆さんと、双方向テレビカメラでつながっていますので、8組の皆さんに聞いてみようと思います。市川先生、クラスの生徒に聞いてください。動物園のほうが短いと思う人、野生のほうが短いという人、(ありがとうございます)。他のクラスでは、いかがでしょうか?・・・・・

では、そう思う理由を8組にいる生徒会長(平田さん)にお聞きします。「平田さんはなぜそう思うのですか?」・・・・・(ありがとうございます)。実は、野生のアフリカ象の平均寿命は56歳、動物園で生まれた象は17歳だそうです。

その解の一つが、私の本棚にある書物に書かれています。その書物は、「選択の科学」という本です。この本は、執筆時、コンロビア大学ビジネススクールの教授であった心理学者シーナ・アイエンガーが書いた本です。10年前に書かれた本なのですが、今も彼女の英語・日本語版講義をネットで聴くことができます。

TED(世界的に有名な著名人の大規模講演を主宰しているカナダの非営利団体)のHPには、刺激的な講演のビデオが多数収録されています。英語と日本の対訳ページのあるHPもあり、ヒアリングの学習にもなります。

彼女は、米スタンフォード大学で社会心理学博士号を取得し、コロンビア大学のビジネススクール教授に。すでに50歳を過ぎています。インド出身で厳格なシーク教徒の両親のもと、米国で育ちました。3歳で網膜の疾患を診断され、徐々に視力を失い、高校時代にはほとんど失明したそうです。それでも10歳の時に、特別支援の教員に出会ってようやくきちんと勉強できるようになったそうです。

○動物園での飼育は、客観的に見て野生より生活条件が良いにも関わらず、なぜ寿命を縮めることが多いのか。飼育員の方は、物質的な快適さを提供し、動物の自然生息環境をできるだけ再現しようと奮闘しています。でも、現代の科学技術でもってしても、できないことが1つだけあります。それはなんでしょうか?

動物園では、「動物が野生で経験するような刺激や自然な本能を発揮する機会を与えることはできない」と彼女は述べています。彼女の20年以上にわたる広範な実験による実証的な研究は、次のように結論づけています。

「動物園の動物たちは自分の生活を自分の手で変えることができない。自分で状況をコントロールすることができない状態が不快をうみ、ストレスを引き起こす。いろいろと工夫はしているが、本能を発揮できるような課題や機会が動物園には少ない。」

つまり、自分自身や、自分の置かれた環境を、自分の力で変える能力、つまり「選択」による自己決定は、動物の本能であり、それを奪われた動物園の動物は長生きできないということです。(ストレスの多いといわれる社長の平均寿命は、従業員の平均寿命よりも長いことの理由は?)

私たちは、ある時立ち止まって、自分のこれまで歩んできた道のりを振り返ることがあります。年月の長さ、そこで起こった出来事、成し遂げたことなど、自分を振り返るものさしは様々ですが、ここで、「選択」というものさしで振り返ってみたら、何が発見できるでしょうか。高校生までの数十年の間にも、いろいろな「選択」があったはずです。それらが積もり積もって私たちを今いるところに導き、現在の私たちを形成していることに気付くでしょう。「あなたは、これまでの人生の分岐をどこに見いだしますか、それはどんな出来事でしたか、なぜそのように思うのですか」、自問自答してみてください。

動物の本能ともいえる(これが大切!)この「選択」をうまく生かすためには、3つの大切なことがあります。

  • 様々な情報を自分で集めて、とりあえず自分で判断してみること、その判断の基準は、まずは、自分の感情・感覚でもかまわないこと
  • 最適な選択をするためには、先生や親、友達の考えを聞くことはとても大切であるけれども、自分の判断と他者の考えを区別すること
  • 成功と失敗の経験を数多く積み重ねておくこと

彼女によるアメリカ人2千人の調査によれば、一日に平均70もの選択を人間はしているとのことです。今日から始まる「長い2学期」は、「選択の学期」です。志望大学学部学科の選択、文系理系の選択、選択科目の選択、部活動新人戦で勝ち進むための練習やその形態の選択、家時間が増える中での過ごし方の「選択」等は、みなさんの未来を築く選択です。

自分自身や、自分の置かれた環境を、自分の力で変える能力を「選択」として捉えた場合、失敗は未来のための踏み石になることを確認したいと思います。なぜならば、私と違って皆さんには、これまで生きてきたよりももっともっと長い未来があるからです。

この2学期も引き続き、校長室ドアにあるスヌーピーがみなさまをお迎えします。私も、みなさんの「選択」に際して、愛の手を差し伸べたいと思っています。特に、今年度でお別れとなる3年生のみなさん、どうぞお越しください。あなた自身の、本物の「選択」をするための第1歩がこの2学期であることを確認して始業の言葉といたします。

学校長