令6 3学期終業式より(R7/3/19)「イチローさん殿堂入り『1票足りなくてよかった』について~リフレーミング~」
令和6年度最後の終業式ということで、久しぶりに全校生徒が体育館に集まりました。3年生が卒業していないので、少し寂しいですが。今、体育館の中を見回すと、以前と変わった部分が3つあります。それはエアコン、舞台横のサイドスクリーン、舞台の上で看板などを吊り下げるバトンが設置されたことです。サイドスクリーンとバトンは、同窓会より50周年の記念品として寄付していただいたものです。これから大切にすると同時に、どんどん有効活用していきたいと思います。
さて、今年の1月22日に、元野球選手のイチローさんが、アメリカメジャーリーグでアジア人初となる殿堂入りを果たしたというニュースが入ってきました。殿堂入りとは、ある分野で業績を上げ、その進歩・発展に貢献した人の功績を称え、殿堂名簿に載ったり、殿堂博物館に展示されるなどして、ずっと記録として残されるようになる、非常に名誉なことです。その選出は、資格をもったベテラン記者の投票によって行われます。イチローさんは現役時代の圧倒的な成績によって、殿堂入りは確実視されていたのですが、問題はその得票率で、満場一致の満票選出かどうかが注目の的でした。長いメジャーリーグの歴史の中で、満票選出は過去にたった1人しかいません。で、結果はどうなったかというと、殿堂入りはしたのですが、満票には1票足りませんでした。この結果に対して、投票しなかったのはいったい誰だとマスコミが大騒ぎしましたが、当のイチローさん本人はこんなことをコメントしました。「1票足りないというのはすごくよかったと思います。人っていろいろなことが足りないけれど、それを自分なりの完璧を追い求めて進んでいくのが人生だと思うんですよね。生きていく上で不完全だから進もうとできるわけで。やっぱり不完全であるというのはいいなと。」これは実に名言だと思いました。恐らくイチローさんの気持ちの中には、満票選出されずに残念な気持ちもあったと想像しますが、それを敢えてプラスの前向きな方向へ転じる発言をしたのです。
そこで私が思い浮かべたのは、昨年NHKの大河ドラマ「光る君へ」にも登場していた藤原道長が詠んだ有名な和歌です。「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思えば」口語訳は、「この世は自分のためにあるようなものだ。私の力は満月のように足りないものは何もない」という意味ですが、権力を掌握して自分は完全な存在となったという解釈ができます。イチローさんの言葉とは対照的ですね。しかし、道長も我々と同じ人間なので、決して完全な存在ではなかったはずです。権力争いの中で多くの失敗もしただろうし、敵も多く作って、自分が敵に呪われるのはないか、といつも気にしていたようです。また、晩年は病にも苦しんでいました。
満月の形が、完全なものの象徴として例えられるのはよくあることで、例えば、私の好きな松任谷由実さんの昔の曲で、「14番目の月」という曲があります。その歌詞には、「次の夜から 欠ける満月より14番目の月が いちばん好き」という一節があります。これから欠けていく十五夜満月よりも、少し欠けた不完全な形でも、明日への期待がもてる十四夜の方がいい、という意味ですね。
人は完全無欠を追い求めるけれど、全てを完璧にすることはできない。それはわかりきっています。しかし、イチローさんの言葉のように、人は不完全だから進歩するのだ。足らないものを求めて、常に前を向いて前進するパワーにすることができるのだ、と考えて前向きに行動することはできます。また、「14番目の月」の歌詞のように、完全な形より少し足らないくらいの方が次への期待や希望が湧きます。ここで誤解してほしくないのは、不完全を良しとして、何もしないでよいということではなくて、不完全だからこそ、足らない部分を埋めようと追い求める前向きな姿勢が大事だということです。要はマイナスの要因を、プラスの方向に考えるポジティブな考え方がそこでできるかどうかです。心理学ではそういった考え方をリフレーミングといいます。
物事を見る時に我々は、どうしても枠やフレームの中で見てしまいます。その枠やフレームの位置を少し変えて、別の角度から物事を見る、それがリフレーミングです。例えば勉強で苦手分野がある、でもそれがあるおかげで、自分は問題を克服しようとする力を育てることができると考えて、立ち向かっていけるか。或いは苦手な人間関係がある。しかしそれは自分の社会性を育てるために必要で大事な要素であると考えて、その人間関係を壊さないようにしたり、あるいは受け流したりできるか。また、自分は不幸だ、環境が悪いせいだ、あれのせいだ、これのせいだと考えてしまう時、いや待てよ、他の人の立場で考えてみようと視点を変えられるか。リフレーミングができるようになると、きっとみなさんはもっと気持ちが軽くなり、さまざまなことに良い影響が波及していくはずです。自分を鼓舞するためにも、前へ進むためにも、無理やり思い込ませる形でもよいので、ぜひ視点を変えて考えてみましょう。そしてその視点を4月からの新しい学年に生かしていきましょう。