令和5年度1学期始業式より(令和5年4月7日)

秒速5センチメートルとは何の速さのことかご存じですか。それは桜の花びらが無風状態で散る時のスピードだそうです。この言葉は映画「すずめの戸締まり」「君の名は。」で知られる新海誠監督が2007年に作った短編映画のタイトルにもなったので、ご存じの方も多いかと思います。今年はちょうど今が桜が散っている時期なので、このことを思い出しました。でも実際には桜が散るスピードは秒速5センチよりももっと速いような気がします。秒速5センチはかなり遅いですよ。実はこのネタはずっと以前に言ってた人がいて、歌手のさだまさしさんが1993年のコンサートトークで語っていたもの(Live CD有り)によると、彼が言っていたのは秒速50センチでした。科学的根拠は調べたことがないのでわかりませんし、なぜ新海誠監督が秒速5センチという設定にしたのかもわかりませんが、実感として50センチの方が正しいような気がしますので、ここからは秒速50センチで話を進めます。

さだまさしさんによると、秒速50センチで動くものは実は他にもあります。それは無風状態で舞う牡丹雪のスピードと蛍の舞うスピードだそうです。桜、雪、蛍。いずれもみな古典作品の『枕草子』で清少納言がその美しさを描いています。「春はあけぼの。夏は夜。月のころはさらなり。やみもなほ、蛍の多く飛びちがひたる。また、 ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。冬はつとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず。」清少納言だけではありません。昔の日本人は、万葉集、古今和歌集、百人一首などで日本の桜、雪、蛍などの自然の美しさに対する感動を、数え切れないくらい和歌の中で詠んでいます。その意味で秒速50センチは日本人にとって心地よい、日本人の感性に非常に強く反応する速度なのかもしれません。

しかし、忙しい現代において秒速50センチの動きなんてとても遅くてイライラしませんか(まして秒速5センチなんて・・・)。だってロケットが地球の引力を振り切って宇宙に飛び出すには秒速11.2キロメートルが必要だそうですよ。現代ではそんな速い速度を人工的に生み出すことが可能になっているのです。(ちなみに「秒速5センチメートル」の映画の中では、鹿児島の宇宙センターからロケットが打ち上がるシーンが、冒頭の桜の散るシーンと比べてとても印象的でした。)

ここで私が言いたいのは、現代人は余裕がなさ過ぎるから少しゆっくりしようよということではありません。現代人には現代人のペースがありますから。それより言いたいのは、秒速11.2キロの視点を持った上で、それとは別に秒速50センチの視点も同時に持とうよ、ということです。安城東高校の教育目標の一つに「グローカルな生徒の育成」がありますが、グローカルとは、地球規模という意味の「グローバル」と地元・地域を意味する「ローカル」を掛け合わせた造語です。つまり、国際的な広い視点を持ちつつ、自分の足元を見つめて地元や地域に貢献する生徒の育成という意味です。これも違った二つの視点を併せ持つことですね。国際理解についてもそうです。相手の国を知るだけではだめです。自分の母国をしっかり理解して、相手に説明できるようにして、その上でお互いの理解が深まります。相手の国の視点と自分の国の視点の両方を持つことが大事です。グローバルとローカル、マクロとミクロ、大と小、緩と急、速さと遅さ。違う視点を持つと視野が広がって、客観的な判断ができるようになり、気持ちにゆとりと強さが生まれます。それは勉強、運動、仕事、人間関係すべてに役立ちます。逆に気を付けたいのは、自分だけの世界や価値観だけに入り込んで、周りの様子を見ないことです。今日の話の結論です。普段から異なる視点を同時に持つように心がけましょう。