みんなの「時間」・私の「時間」

20220720付

●東京スカイツリー、それは、2012年に東京都墨田区に完成した電波塔である。世界一高い電波塔<タワー>(634m)としてギネスに登録された。2013年に訪れた様子を皆さんにお見せする(下記画像)。<ビル>としては、アラブ首長国連邦・ドバイにあるブルジュ・ハリファが828mだから、(建造物の種類でなく)高さだけで競えば、東京スカイツリーは世界第2位ということになる。

●2018年10月、ここで大変な実験が始まった。東京大学、理化学研究所、国土地理院などの研究チームは、島津製作所と組んで開発した光格子時計を東京スカイツリーの展望台(標高456.3メートル)と地上(同3.6メートル)に1台ずつ設置して、重力の違いによる時間のズレを確認する実験だ。その成果は、2020年6月の「ネイチャーフォトニクス(電子版)」に掲載されている。「高さ450メートルの東京スカイツリー展望台の時間は地上よりも1日に、10億分の4秒(4ナノ秒)速く進んでいる」と。コチラをクリック!

これは、アイシュタインの一般相対性理論(1915~1916、重力の影響を加味した理論)を身近なところで検証した実験であった。

●「時間」については、諸学の永遠の追究課題といってよいほど、たくさんの論稿が発表されている。私もそれに関心をもつ一人だ。アインシュタインは次のように述べる。

「時間の進み方は、観測者同士のすれ違う速度(相対速度)が小さいうちは、眼に見えた時間の差とはならないが、相対速度が光速に近い速度になってくると、眼に見えた時間の差が現れてくるので、どんな時でも一定ではなく、観測者によって異なる。」(1905年、特殊相対性理論;重力の影響を考えない場合の理論、人によって時間の長さが違うから「相対的」。)

●「時間」は、普通、1秒、2秒・・・と、時計が刻まれるように、万人一定のものである。そうではなく、「観測者ごとに存在する」とアインシュタインはいう。彼は、物理理論(概念)上では切り離されていた時間と空間を結び付けて「時空」という概念を作り、「時空は観測者の運動状態によって、遅れたり歪んだりして変化する」とした。当時、かなり衝撃的な理論だったらしい。実に、面白い見方だ。もう少し詳しい説明を求める人は、コチラ(クリック!)をご覧ください。ここでは、京都大学名誉教授の中村卓史氏が「最後の 1 秒間」と題して、「高校生・大学生にもわかる一般相対性理論と重力波の世界」について説明している。

GPSの精度が増しているのは、一般相対性理論の考え方を採用して、宇宙で高速で周っている人工衛星の原子時計と地球上の時計の誤差を補正しているからである。

Classi経由で、7月20日夜、2年生の生徒から次の質問があった(素晴らしい「問い」である)。

>時間が高いところと私たちのいる所で違うなんて考えたことがなかったのでアインシュタインはすごいと思いました。 高いところとどっちに合わせているのか気になりました。

これについては、「標準時」という考え方を知る必要があります。情報通信研究機構・電磁波研究所上席研究員の花土ゆう子氏の説明が参考になります。コチラをクリック!

・Newton別冊「時間とは何か」(ニュートンムックニュートンプレス)、・本川達夫「ゾウの時間ネズミの時間」中公新書 他参照

●この「時空」という考えは、自然科学だけでなく人文科学においても、とても大切である。歴史学者フェルナン・ブローデルは、「地中海」の歴史を説く中で、海の表層・中層・低層では、水の流れが異なっている(表層はどよめく、中層はしなやかに動く、低層はどんよりとしている)ように、歴史にも様々な水の流れ(時間)があり、歴史上の出来事もそれらいくつかの水の流れの変化とその相互作用で説明できるとした。これも、「観測者ごとに存在する」時間の流れということなのであろう。(実際には、彼は「時間」の3層を「持続」という言葉で説明している)。

・浜名優美『ブローデル『地中海』入門』藤原書店、フェルナン・ブローデル『地中海Ⅰ〈普及版〉』浜名優美訳、藤原書店 他参照

●仕事で東京・名古屋間の新幹線に乗り、車窓から見える光景をボーっと見ていた。その時に目にした光景が、この「3つの時間軸」である。これを見つけた時のうれしかったこと。フェルナン・ブローデルの見方をここで実感できた。あまりにもうれしかったので、すぐにスマホで録画した。それがこの光景である(クリック!)。皆さんは、何が見えましたか、何を見ましたか?

●ここでは、目前でけたたましく変化する電信柱や電線(短期の時間軸、海の表層の世界)、その向こうにゆっくりと流れる富士の裾野の街並み(中期の時間軸、海の中層の世界)、さらにその奥はしなやかに映ろう富士山(長期の時間軸、深海の世界)を見ることができる。

●私たちの「生活時間」(「歴史時間」)は、「3つの時間軸」で捉えることができる。短期的な時間軸で考えること(海の表層のさざ波;明日の宿題、明後日のテストはどうしよう・・・。)、中期的な時間軸で捉えること(海の中層のしなやかな動き;来年の総体予選ではこうしたい、今度の考査ではこれを頑張る・・・。)、長期的な時間軸で構えること(深海のどんよりとした動き;大学の研究ではこれをやりたい、将来はこの仕事をしたい・・・。)がある。

●今現在は、どの時間軸を主軸に捉える時期なのだろうか、と考えてみる。目前に控えた夏休みは、高校生活の中でどんな時期なのか、どんな機会として意味付けるのか、について考えるヒントになろう。私たちは、「重層的な時間軸」(哲学者野家啓一)(クリック!)の中で生きているのである。

●これから始まる夏休みは、間違いなく、中・長期の時間軸を主軸において生活できる貴重な「時間」である。少なくとも、目前の課題だけに追われて生きるのであれば、夏休みの効用は半減しよう。1年生独自のGLSによる自由課題探究もそのことを考えて設定したものである。3年生にとっては、来るべき大学受験に全力を注ぐべき時期なのであり、これ以外は考えにくいだろう。

●7月16日(土)、名古屋外国語大学ワールドリベラルアーツセンターで開催される高校生向け教養講座(現代文化を語る)についても、たくさんの方にお申込みいただいた。これも、中・長期の時間軸を意識して取り組むイベントなのである。

●「人生百年の教養」という考え方がある。これは現名古屋外国語大学の学長亀山郁夫氏の著書名である。著者はいう、「人間の平均余命が1世紀を超える時代が訪れようとしている。この、気も遠くなるような時間を、人間はどのように生き、埋めていくのか?<教養>こそが、1世紀の時を生きる、唯一かつ最高の道である。」と。

●私たちの教養の裾野を広げていくためには、自分が考えてもいないこと、思っても見ない切り口を知っていくことが大切である。それらが、私たちが今持っている知識と結びついて、新しい考えが生まれていく。教養とは、単なる情報ではない、連結され統合化された知識なのである。読書やセミナーの良さは、そこにある。
●こんな言葉を耳にすることがある。「今は、ネット検索でどんな情報でも入る。だから、読書やセミナーの受講は面倒である。セミナーは好きな時間に受けることができない」と。確かにそういった見方もあるだろう。
●しかし、次のことを忘れてはいけない。ネット検索は、特定の「検索アルゴリズム」によって導かれた結果であることを。「検索アルゴリズム」とは、「特定の検索要求に対してインデックスの中にある文書をランク付けして関連性の高い順番に表示する方法を定めたもの」だから、自分が考えていることの関連情報(ある場合には、自分がこう思いたいということ)はよくヒットするが、それとは違う情報は入りにくいことが多いということだ(だから検索キーワードの入れ方が大切!)。人間の思考が「検索アルゴリズム」の中に閉じられてしまう現象は、人間が無意識のうちに他者の決定に従う状態を作り出す(これを「思考の外部化」という)。
●「人生百年の教養」を培うためには、自分が考えてもいないこと、思っても見ない切り口を知ろうとする姿勢が必要である。読書やセミナーの受講、その積み重ねの中で問題解決の糸口が見つかり新たな知識が再構築され、あなたの人生を豊かにする。高校時代から取り組み始めても遅くはない。「1世紀の時を生きる」のが皆さんだからである。

(村瀬@学校長)